福岡地方裁判所 昭和32年(ワ)255号 判決 1961年3月03日
原告 山口智 外三名
被告 リンカン・シー・マツケイ
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は、
「被告が原告等に対して昭和三十一年一月二十日附でなした解雇は無効であることを確認する。
被告は原告山口智に対して金二十七万千七百十二円、原告船越久子に対し金十二万六千七百九十八円、原告中尾衣子に対し金十二万二千七百九十四円、原告小倉幸子に対し金十二万二千九百七十六円、及び昭和三十二年四月以降毎月末までに、原告山口智に対し月額金一万九千四百八円、原告船越久子に対し月額金九千五十七円、原告中尾衣子に対し月額金八千七百七十一円、原告小倉幸子に対し月額金八千七百八十四円をそれぞれ支払え。
訴訟費用は被告の負担とする」
との判決を求め
その請求原因として
一、原告山口智は、昭和二十年十二月二十五日より、原告船越久子は昭和二十七年十月一日より、原告中尾衣子は昭和二十七年六月頃より、原告小倉幸子は昭和二十七年五月頃よりそれぞれ被告に雇傭されて、右山口智は板付空軍基地春日原将校クラブに、右船越久子、小倉幸子の両名は同基地第六兵員食堂に、右中尾衣子は同基地春日原下士官食堂に勤務していたが、原告等四名はいずれも昭和三十一年一月二十日附で保安上危険であるとの理由で被告より解雇された。
二、しかしながら、右解雇は次の理由により労働組合法第七条第一号の不当労働行為に当る無効なものである。
すなわち、被告が原告等を解雇した決定的理由は、原告山口智は昭和二十八年六月頃全駐留軍労働組合に加入して以来、同組合の春日原将校クラブ分会長、昭和二十九年十月からは右組合福岡地区板付支部執行委員に選任され、原告船越久子、同中尾衣子、同小倉幸子はそれぞれ昭和二十八年八月頃から昭和二十九年初にかけて全駐留軍労働組合に加入し、訴外瓜生三千代と共に春日原第一、第二兵員食堂分会の婦人部責任者あるいは副責任者として交互に選任されて、原告等はいずれも各職場における最も熱心な組合活動家として直傭日本人労務者の労働条件改善向上のため軍当局との交渉に当り、また、賃上闘争等の際には常に他の労務者に卒先して坐り込みやビラ配り等を行つていたために、原告等の組合活動を嫌忌していた被告は保安上の理由を口実にして原告等四名を解雇したものである。
このことは、原告等が他に保安上の理由で解雇される事由が全く存在しないことを併せ考えるといよいよ明らかであつて、前記解雇が労働組合法第七条第一号に違反する無効なものであること明白である。
三、原告等の昭和三十年十月一日より同年十二月三十一日までの平均賃金月額及びそれから控除さるべき社会保険料金、所得税額は次表のとおりであり、原告等は毎月末に同表中「手取月額」を被告から支給されることになつていた。
原告氏名
賃金額
社会保険料金額
所得税額
手取月額
山口智
二〇、六三六円
一、〇二三円
二〇五円
一九、四〇八円
船越久子
九、七四六
五〇四
一八五
九、〇五七
中尾衣子
九、四〇九
五〇四
一三四
八、七七一
小倉幸子
九、二八八
五〇四
八、七八四
四、よつて被告のなした原告等四名に対する本件解雇の無効確認並びに原告等に対する現在までの未払賃金のうち、昭和三十一年二月一日以降昭和三十二年三月末日までの合計額(社会保険料金及び所得税額を控除)及び昭和三十二年四月分以降の未払賃金(社会保険料金及び所得税額を控除)の支払を求めて請求趣旨記載どおりの本訴請求に及んだ。
と述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は、
本案前の抗弁として「本件訴を却下する、訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、その理由として
原告等をかつて雇傭していたものは、アメリカ合衆国の機関たる歳出外資金であつて、被告マツケイ個人ではない。
しかして、右歳出外資金とは千八百九十五年合衆国所属軍隊の士気及び兵員の福祉施設改善のため合衆国軍事組織内に設置せられたもので、その統制及び監督は特定指揮官の責任に委ねられるところの合衆国政府の機関である。例えば、合衆国空軍の全歳出外資金活動は空軍福祉局(AIR.WELFARO BOARD)の一般指揮下に属する。
極東空軍規範四〇―五によると、歳出外資金による機関が日本人労務者を雇傭する場合の手続については、極東空軍司令部が日本人直傭課長を通じて歳出外資金による事業のために雇傭され、報酬を支給される日本人労務者の法律上の使用機関として、全空軍機関と日本政府間において当該労務者の解雇も含めてすべての労働関係の処理につき権限を有する唯一の機関であると規定されている。
従つて、被告個人は原告等を雇傭し、又は解雇したことはない。尤とも、同人は合衆国極東空軍司令部板付空軍基地労務連絡士官として昭和三十一年一月二十日附で原告等を解雇したことはあるが、それは飽くまで右政府機関の資格でなしたものであつて、被告マツケイ個人として原告等を解雇したことはない。
加えるに、被告は昭和三十二年四月二十八日前記労務連絡士官の職を退き現にアメリカ合衆国本国に帰国している。
よつて、被告マツケイ個人は、本訴における被告たるべき正当なる当事者適格を有しないものであつて、同人に対する本件訴は不適法として却下さるべきである。
と述べ
本案につき、
「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項の事実中原告等が被告に雇傭され、被告に解雇された事実は否認し、その余は認める。
二、請求原因第二項の事実はいずれも不知。
三、請求原因第三、第四項中原告等の昭和三十年十月一日より同年十二月三十一日までの平均賃金等の計数関係は認めるが、その余は争う。
と述べた。(証拠省略)
理由
一、被告は、本案前の抗弁として、被告リンカン・シー・マツケイは原告等を雇傭したことはなく、従つて、本訴の正当なる被告適格を有しないから、同人を被告とする本訴は不適法として却下さるべきであると主張するけれども、原告等の本訴請求は、原告等と被告個人との間に原告主張の如き雇傭契約が存したことを前提とするものであり、他方、被告は右雇傭契約の存在を争うわけであるから、ここにおいて原告等はリンカン・シー・マツケイ個人を被告として本訴の提起をなすについて利益を有するものというべく、被告の右抗弁は採用し難い。
二、そこで進んで原告等の本訴請求の当否について判断する。
(一) 原告山口智は板付米空軍基地春日原将校クラブに、原告船越久子、同小倉幸子は右基地第六兵員食堂に、原告中尾衣子は同基地春日原下士官食堂に直傭日本人労務者(日米労務基本契約に基ずく調達庁による間接雇傭労務者に対していう)としてそれぞれ勤務していたところ、いずれも昭和三十一年一月二十日附で保安上危険であるとの理由をもつて解雇されたことは当事者間に争いがない。
(二) 成立に争いのない甲第一ないし第三号証、同上甲第八号証の一(証人吉田貞郁の調書)、同上乙第一ないし第三号証、証人堀田誓司の証言を綜合すると、原告等の雇傭主は、原告等がそれぞれ勤務していたところの前記将校クラブにおいては同クラブ自体であり、又下士官、兵員各食堂においてはその利用者である個々の下士官、兵であること、原告等の本件解雇は、板付基地司令官の指令によつてなされたものであること、しかして被告リンカン・シー・マツケイは、本件当時労務連絡士官としての職責上、原告等直傭日本人労務者の採用ないしは解雇その他の人事に関し、将校クラブ等の現場責任将校から提出された要求書に基ずき、日本政府職業安定所に労務者の斡旋方を依頼し、あるいは解雇手続事務を行う等の職務を担当していたが、同人は千九百五十七年四月右地位を退き、合衆国本国に帰国したことがそれぞれ認められる。
右認定に反する甲第八号証の一(証人吉田貞郁の調書)は措信し難く、他に前認定を覆すに足る証拠はない。
(三) 原告等は当裁判所の再度の釈明に対し、終始、本訴はリンカン・シー・マツケイ個人を被告として提訴したものであると主張する。
しかしながら、リンカン・シー・マツケイ個人は原告等の雇傭主ではなく、従つて、原告等を解雇したものでないこと前記認定のとおりであるから、被告リンカン・シー・マツケイに対する原告等の本訴請求は理由がないこと明らかである。
よつて、原告等の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中村平四郎 唐松寛 牧山市治)